私の部屋の左隣には、二人のインドネシア人がいました。そのうちの一人がジャワ島の出身のアリ。私に「日本語を教えて欲しい」と言ってきた彼です。
彼とは隣同士ということもあり、また、彼は出かけることが少なく部屋にいることが多かったので、他の人達に比べて話をする機会が多くてすぐに仲良くなりました。私は毎日、朝食のパパイヤを彼にあげていましたが、時々部屋にあるタンクから時々水を分けてあげたり、その代わりにカップラーメンを食べる時にお湯を沸かしてもらったりと、お互いに良い関係を築いていました。
塀の中でもビジネスをやるのがバリ流
ある日、朝から部屋を出てランチに戻ってくると、彼の部屋の前にクーラーボックスがあり、中には氷で冷やされたドリンクが何本も入っていました。
「どうしたの?これ?」と聞いてみると、この棟を仕切っているバリ人のリーダーからの指示で、今日から「冷たい飲みもの屋さん」を始めるとのこと。そのバリ人は、刑務所にいるにもかかわらず、毎週一度は必ず塀の外にある自宅に戻っているという、一体何がどうなっているんだか訳が分からない人でした。
まぁ、それなりの袖の下を払っているのか、元々バリの社会でなにか力を持っている人なのか、そんなところでしょう。もう、こういうことには慣れてしまったので、特に驚かなくなりました。
中に入っているのはソフトドリンクでしたが、オーダーすればビールも仕入れられるとのこと。私はどちらもあまり買わなかったのですが、アリは「冷やしたいものがあったらいつでも入れてあげるよ」と言ってくれたので、それからは毎日のように、ミネラルウォーターのボトルを入れてもらうようになりました。いつでも冷たい水を飲むことができるようになったのは、エアコンのない暑い刑務所の中では嬉しいことでした。
刑務所にやって来た驚きの理由
ある日、いつも温和な彼が珍しく機嫌悪そうに見えたので、「何かあったの?」と尋ねてみると、「Rp. 50,000(約620円)を貸していた友達に逃げられた」との答え。なんでも、少し前にお金を貸した時に「来週出所するからそれまでに返す」と言われていたのに、さっき部屋に行ってみたら「今日が出所日で、もう出所した後だった」とのこと。
彼は、金額がどうのこうのではなく、「お金のトラブルが嫌いなんだ」と言ったのですが、少し前に彼から刑務所に来た理由を聞いていた私は、そのひと言に込めた彼の思いを受け取った気がしました。
彼は自分で起業するのが夢でした。そして、結婚を機に起業するための資金を貯めるべく仕事をがんばり、資金が数百万円ほど貯まって、ようやく自分のビジネスをスタートできることになった時のこと。なんと、友人にそのお金を全て盗まれてしまったそうです。自分の夢のために辛い仕事も我慢しながら貯めた大切なお金を、心から信頼していた友人に盗まれてしまった・・・。
そして、そのショックがあまりにも大きく、彼はつい、その友人を殺してしまったそうです。
その話を聞いた時、私はビックリして声が出ませんでした。彼はいつも大人しくて、優しそうで、人を殺すような人には見えなかったからです。彼はその事件について多くは語りませんでしたが、私にはその話だけで充分でした。今の彼からは、怒りのエネルギーを全く感じる事がありませんでしたが、それはきっと、彼がその行為をとても後悔していて、何かを学び、変化をした結果だと思ったからです。
私自身、警察に捕まってここに来た理由は、ビジネスパートナーがホテルを独り占めしようとしたからで、つまり金銭トラブルでした。私とアリ。どちらもお金が原因で刑務所に入れられたという点では同じです。
「人生は魂の修行でたくさんの『お試し』があるけれど、その中でもお金は最も試されるもののひとつだな」と思いました。
おまけ:チェスのパズル
アリはチェスが好きみたいで、私のルームメイトのリチャードがやって来てからは、毎日のように二人でプレイしていました。私もルールは知っていたのですが、もう何年もやっていないので遠慮しましたが、あるとき、アリからチェスのパズルを教えてもらいました。
日記にそのパズルがメモしてあったので、ちょっと息抜きに紹介します。
ナイト・ツアー
教えてもらったのは、チェス盤を使ってナイトでマスを一周するパズルで、調べてみたら「ナイト・ツアー(騎士の巡歴)」としてWikipediaにも載っていました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ナイト・ツアー
ただ、ここにあるのは8×8マスのチェス盤すべてを使うものですが、私が教えてもらったのは、3×8と4×8のものです。興味がある方は、ぜひ解いてみてください(答えは下の「解答」をクリックまたはタップすると表示されます)。