その日の朝は「説明すればなんとかなる」と思っていましたが、夕方になるとそれはがらっと変わり、まさにどうにもならない状況に陥っていました。
「こうなったら自分でなんとかするしかない」
そう思ってコンタクトをしたのは現地の弁護士事務所。電話をして事情を説明すると、まずは詳しい状況を確認するために、スタッフが来てくれることになりました。電話を切ってからスタッフが到着するまでは、多分1時間もかからなかったと思いますが、どうしたらよいか分からない状態で頭の中がぐるぐるしていた私にとっては、とても長く感じられました。
来てくれたのは日本人の女性スタッフでした。異国の警察の中にいて頼る人が誰もいない私にとって、同じ日本人がサポートしてくれるということは、それだけで本当に大きな心の支えになりました。
私がこれまでの状況を伝え、その次に警察からも説明を受けると、彼女はまず弁護士に連絡をし、その後もしばらくあちらこちらに電話かけていました。どこに、どんな要件で電話をしているのかも分かりませんでしたが、彼女が電話する間、私は黙って隣で待っていました。
電話が一段落すると、私が置かれた状況と、今後どのような対応をする必要があるかについて、次のような説明をしてくれました。
– インドネシアでは自分の持ち物からドラッグが発見された以上、それが自分のものかどうかは関係なく、それだけで罪になる。何もしなければ確実に有罪となってしまう。
– ドラッグが発見されて逮捕された以上、裁判になる。仮に無実だとしても自分だけの力ではどうにもならない。一日でも早く帰国するためには、弁護士を雇って裁判をする必要がある。
ホテルを建築する際の建築許可なども、担当の役人に幾ら払うかで処理のスピードが大幅に違います。これはある意味「アジアの常識」と思っていましたが、まさかそれが裁判でも同じとは知りませんでした。
日本であれば、罪を犯した人はどれだけお金を積もうが有罪。そして、何もしていない場合は、それをちゃんと主張することができれば無罪になります。法律が違ったり、警察や司法のシステムが違っていても、そこは同じだろうと思っていたのですが、日本の常識とインドネシアでは通用しないのです。
裁判と弁護士費用
後々わかることですが、この国では裁判の有罪・無罪はある程度「お金で買える」といっても過言ではありません。私の場合、もしも部屋でドラッグが見つかった時に警察に袖の下を払っていたら、その場で解放されていた可能性もあります。まさに「地獄の沙汰も金次第」なのです。
弁護士事務所のスタッフは、裁判にかかる概算費用を教えてくれました。インドネシアは日本に比べて非常に物価が安いので、「弁護士費用は高いだろうけど、日本ほどではないだろう」と思っていたのですが、そこで提示された金額を日本円に換算すると、約150万円ほどでした。
「思ったより高いけど仕方ないか・・・」
そう思ってスタッフの女性に話をすると「金額が違う」とのこと。もう一度計算をし直してみると・・・。
「1,500万円!」
ひと桁違っていました。身に覚えがないドラッグが部屋から出てきて、警察は入手経路を調べもしない。それなのに、無実の罪を証明するのはこっちの責任で、そのための費用が1,000万円以上とは!しばらく呆然として言葉もでませんでした。日本で同じような裁判をするとしても、間違いなくそんなにはかからないでしょう。
詳しく聞くと、裁判を有利に進めるためには警察・検察・裁判所への「袖の下」が必要で、さらに、報道機関にもお金を払って規制をかけるとのこと(何もしないと、あることないこと書かれたりします)。そして、各方面に払う金額によってそれぞれの対応が大きく異なり、結果的に裁判にかかる期間も大幅に違ってくるのでした。
実際にその後ドラッグで捕まった日本人青年(彼は本当に自分で使って逮捕されました)に出会いましたが、彼はお金がなくて弁護士を雇えないため、裁判だけでもう何年もかかっているとのことでした。
結局、数日のうちに解放されるだろうという当初の私の思惑は見事に外れ、長期戦へと突入するのは確実となりました。自分ではどうすることもできず、どうして良いかもわからない状態の中、すぐに帰国するどころか「無事に帰国できるのだろうか?」という大きな不安に直面したのです。
それまで張り詰めていた緊張の糸が切れると同時に、一気に疲れと不安が襲ってきました。